睡蓮

　

　　　　　破滅
　　　　　夜明け
　　　　　消え残る火
　　　　　「うつし世は夢　夜の夢こそまこと」
　
　
　

　こうして今も弟はまるで生きているままのように声も姿も触れることさえできる。それは弟が強く強く願ったせいで、そうして私がなお強く彼を引き留めているせいなんだと思う。

　長い渡り廊下を歩いていると気が遠くなる。それで私は不意に立ち止まってしまう。あまりに静かで床板の軋む音が空にしみる。庭はきれいに掃き清められていて、深い池には蓮が鮮やかに咲いていた。
　きょうもおいのり？
　弟は無邪気に訊ねてきて
　そうよ
　と答えるけれども、何を祈っているのかまでは答えられそうにない。

　畳に座りただただ一心に想う。弟の声はいっそうよく聴こえる。私の隣にちょこんと座り、沈黙に耐えながらもなお我慢できずに声を発するときの、あの堪りかねた笑い声。おねえちゃん、きょうはうたれてるひとがたくさんいる、
　頬笑みそうになるのをぐっと食いしばり、それを無視するかのように私は沈黙する。畳の目を数えて無心になろうとしてみる。弟はまたそれを見習って、じっと座る。私はその可愛らしいからだの輪郭を感じ取り、弟の細部まで見届けることができる気がした。地を這うような気持ちで私は座る。

　いいこ、私は彼の柔らかい体を抱いて、耳に軽く触れる。彼はにこりと笑い、まるでお兄さんのような口調で、がんばったね、と私を褒める。ひとつ差がふたつ差になり、もう弟とは八つ差になってしまった。
　不安定な天気がいつの間にか雨を降らせている。御堂は静寂を守るように幽かに灯りをゆらせて、人の気配を消した。濡れた庭から雨と花の匂いがして、もう、ここから出なくてはいけないと思った。

　いつかね、お前の墓に行こうね
　弟はまるで何か知らない呪文を聴いたような顔をして、それから小さな手で私の手を握りしめた。弟の高い体温で私の体が冷えていることを知る。
　私はまた病室に戻り、弟を抱き締めて眠る。