雨

　

　　　　　匂い届く花雨
　　　　　濡れる蛇の目の傘
　　　　　水溜りひっかける雨靴　かき消される声
　　　　　沈黙　孤独　涙
　　　　　洗い流される、空
　
　

黄昏に雨が降りだした。
窓越しにみる街は青く透きとおった水底にある。
ここで、水槽のように狭く心地良く閉じた世界で、ひとりきりで、 静かにおだやかに生きていければいいと思っていた。
なにかに期待するようなことは絶対したくなかった。
欲しいものに手をのばして、届かなくてがっかりするなら、最初からあきらめているほうが楽だった。
なのになぜ。
なぜ僕は君を好きになってしまったんだろう。
誰かを好きになって傷ついたり苦しんだり悲しんだり嫉妬したり、 そんな思いなんかしたくないと思っていた。
それなのに、君があまりにもあけっぴろげに泣いたり怒ったり笑ったりするから。
僕よりもうんと年上のくせに子供みたいな君から、 ときどき思い出したようにお姉さんぶってみせる君から、 目がはなせなくなってしまったんだ。

僕は毎日、君の言葉や仕草にどきどきしたりはらはらしたりする。
たまには、というか、しょっちゅう溜息もつく。
僕以外の人の前ではおすましして大人ぶっている君が、僕を笑わせようとしてくだらないことばかり言うからだ。
ときどき、嫉妬もしたりする。
めんどくさいことなんか嫌いなはずなのに、ついつい君のご機嫌をうかがってしまったりもする。
それでも、まあいいか、なんて思う。

雨は嫌いじゃないよ。
そう言う僕に君は微笑んでうなずく。
たったそれだけのことに僕はひどく安心する。

僕が伸ばした手を、君が掴んでくれるなんて、思ってもいなかったんだ。

細く開けた窓から、雨の匂いと桜の花の匂いが流れ込んでくる。
明日には雨はあがるだろう。
雨が桜を散らしてしまっても、君はきっと笑うだろう。
不安も孤独も洗い流された青い空の下で、僕らはきっと笑うだろう。