モノカゲ

　
　
　考えてみれば、そんなに荷物はない。
　
　＊
　
　ハルが、めずらしく整理整頓をはじめた。
　机の上とか、本棚とかの、雑然と積み上げられていただけだった本が、きちんと大きさ別に分けられていて、一瞬僕は目を疑った。僕が貸した本はいつのまにか全部返されていたし、よほどの道楽だと思われていた本は売られてしまったようだ。ハルの本棚には最小限度と思われる文庫本と、辞書と、いくつかの哲学書だけになった。
　ゴミにしか見えなかった研究書類は冊子にまとめられ、２０本以上あったボールペンがペンたてから消えた。
　この一週間で、ハルの服はきちんとクローゼットにしまわれ、ベッドシーツなんて洗いたての白さが維持されている。食器があるべきところに並べられ、タオルがふかふかになり、浴槽の水垢が消えた。
　古めかしい匂いのするカセットが一本もなくなり、ＣＤラックには五枚しかない。
　ハルが好きなピアニストのが三枚。
　やはり同じ人がサックスとかの仲間とやっているジャズ･セッションのが一枚。
　そして僕が薦めたチェロ奏者のベスト。
　
　片づけをしていくハルは楽しそうだ。
　僕も部屋がきれいになって嬉しい。だから僕は
　
　ハル、何があったんだ？
　
　と問い損ねた。きっと嬉しい事があったんじゃないかと思ってた。ひさしぶりにハルと外に呑みに行って、ほろよい気分で部屋に戻り、僕たちはふたりしてベッドに倒れこんで気持ちよく眠った。
　でもそれは僕だけだった。
　
　がらんどうの本棚。
　ひきだしにも何もなかった。
　クローゼットにいたってはとっくの昔からないみたいだった。
　キッチンに声をかけた。
　バスルームのドアは乾いていた。
　トイレまでいってみた。
　
　でもハルはいなかった。
　
　＊
　
　ハル！
　
　僕は時折叫びたくなる。もうどうしてかなんて訊ねない。
　本当にハルが居たのかどうかまでわからなくなってくる僕は、
　でもたまに残されたドラセナを見ながら、そんなに悪い別れじゃなかったと思うようにしているんだ。
　僕はまだ、ハルの思惑通りに、ハルのおもかげに縛られている。